書評

人を描かずにストアフロントだけでまちの物語を魅せる本『東京店構え』

背景に息遣いを描く作家マテウシュ・ウルバノヴィチ

新海誠監督の「君の名は。」の背景美術を担当したポーランド出身の作家、マテウシュ・ウルバノヴィチさんの作品集。1986年生まれの彼は東京で仕事の傍ら、自分のスタイルを模索しながら東京の店構えを描くシリーズを確立。SNSで爆発的にファンを広げていった。この感性で素晴らしい絵を書き続けるセンスに脱帽だ。

その1枚1枚には「人は登場しない」。純粋に「店構え」を正面から捉えているだけだ。それなのにそこに住む人、訪れる人々の息遣いを感じるのはなぜだろう。間違いなく彼はそのStorefrontに魂のようなものを捉えている。

単純に「絵が上手い」と言ってもその方向性は様々だ。緻密で写真と見紛うような上手さから、シンプルな線のみで表現しきってしまうような上手さまで。彼の作品は絶妙なバランスで緻密さと省略の間に表現を置くことで非常に感覚的というか直感的な「リアル」を感じさせてくれる。

何より「楽しんで描いているとしか思えない」静かな熱気がそこにある。だから読んでいる方も驚きつつもずっと見ていられるくらい楽しいわけだ。

あの「どさんこラーメン」の店内に入れますよ。みなさん。

 

作品の中には時折「内観」まで描かれているのが面白い。例えばNo.28(p74〜77)に掲載されているのは「どさん子 千住一丁目店」。

「札幌ラーメンどさん子」をご存知か。盛岡には今1店舗しかなくなってしまったが私がかつて通っていた高校の目の前にも店舗があって、部活帰りによく寄っていた懐かしいラーメン屋だ。

この内観イラストがまた素晴らしい。店舗自体はもちろん違うのだがどことなく当時通った店舗の雰囲気を思い起こさせる。「あぁこんなんだったな」と記憶が甦るような錯覚を覚えるタッチ。なんと言えばよいか「ラーメンの原風景」そのものなのだ。

制作過程を垣間見ることができる最終章

 

最後の章(第6章)では彼のアトリエをイラストで紹介していて、148ページからは制作過程まで見せてくれている。

緻密さと省略のバランスの秘密についてヒントが書かれていた。

私はラインの重ね書きはしません。そのため、こういった混み合った箇所には、ラインに小さな隙間を追加しつつ、すべてのラインを同じ厚さに保つようにします。(p152)

つまり輪郭線は一定で、重ね書きせず、隙間を残しておいて、あとは水彩絵具の塗りで表現しているということ。改めて掲載作品を見ていくと、確かにそうだ。例えば壁のタイルなんかは輪郭線は描かずに塗りだけで表現している。あぁこれが全体のバランスと言うかリズムを取っているのだなと納得した。

自分でも何か描きたくなる本。それが「東京店構え」

小学校の美術の時間に画板を持って校外で水彩画を描いた記憶はないだろうか。この本を一通り読み終えて、もう一度見返してみて、と繰り返しているうちにあの時の感覚が蘇ってきて自分でも描きたくなってくる。

目を凝らしてみれば見るほど、彼の息遣い、筆使いが見えてきて自分で描いているような気分にさせられる作品でもあるからなのだろう。

本屋で見かけて反射的に買ってからいつも仕事のデスクの手の届くところに置いていて、気分転換にパラパラ見ているお気に入りの1冊だ。

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