働き方

【企画・アイディア】いつだって昨日までなかったものが生まれ続けている

独創性の難しさと罠

先人たちとの戦い

誰もが通る道ですが、企画やアイディアの仕事に関わっていると「あぁ大体のものは既に誰かが考えついているものだなぁ」ということに気付きます。

これまでの人類の歴史の中で生まれた全ての人達の発想をかい潜って、独創的なアイディアや流行を出すことはとてつもないことのように思われます。

パクリとオマージュは違う

だからといって、「パクリでいいのか」ということに対しては基本的に「NO」です。特に企画的な仕事をしたいのであれば。

学ぶは真似ぶから来ているとか、確かに何かを習得する場合には取り敢えず先行事例を真似るところからスタートするのは近道ですし、事例調査はある程度必要です。

しかし「表面的な真似」は成果につながりません。倫理的にもNGです。先行事例のエッセンスを分析して、その仕組みや思いの部分を自分たちがやろうとしていることに投影して新たなアイディアとして昇華させるのであればOKです。

「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」とはこういうことでしょう。過去を真似ろとは言っていない。そこから新しい知見を得よと言っているわけです。

オマージュについては、その意図が言い訳ではなくて本当に尊敬の意味を込めた創作につながっているのであればOKです。

リフレイン(ルフラン)とパクリも違う

時代の流行の繰り返しを仮に「リフレイン(ルフラン)」と言うことにしてみると、このリフレインとパクリも違います。

リフレインの要因は様々あるとしても、何かが流行り、それをある意味で否定する形で次のアイディアと流行りが生み出され、その繰り返しの中で懐古的に過去の流行を見直すタイミングが訪れて、これがサイクルとなっていくわけです。

ファッションを始めとしてトレンドは20年周期とも言われますが、世代が一巡することで新しい世代にとっては「見たことがない」もの、かつての世代にとっては「若く華やかだった時代を振り返るもの」として新鮮味を持って受け入れられるのかもしれません。

このリフレインは大きな流れの中で生み出されていくものなので、完全に新しいアイディアとして見出されるものではないものの根本的にパクリとは違います。

アイディアの新規性・独創性に怯えないこと

さて、パクリは当然NGとして、オマージュやリフレインを除いた場合の「新しいアイディア」や「新しい挑戦・チャレンジ」についてはビジネスの場で求められることが多々あるのではないでしょうか。

ここにはちょっとした「罠」も潜んでいるので、特に若い方たちに対して「あまり怯えなくても良いよ」というのがこの記事の趣旨です。

流行りを生み出すのがそれまで世の中に無かったような新たなアイディアや切り口だと仮定して、以下に整理します。「世の中に無かった」だと大げさであればもう少し小さな特定のコミュニティでも構いません。

新しかったものは大多数が予見できなかったもの

流行りもバズりも新しい

企画やアイディアを考えるってどういうことだろう?と疑問に思ったら、例えばTwitterのタイムラインを見てみてください。リアルタイムでバズっているもの、流行っているものが日々更新されながら流れていくはずです。

数日経ってTVのワイドショーで取り上げられる頃には、バズったときに乗っかった人たちは「今更か」と感じているかもしれません。それほどにネット情報の新陳代謝はスピードが早い。

その一方で、「バズるには」「流行りを生み出すには」なんてhow-toがマネタイズされるくらい、どうしたらその新たなアイディアを世に出せるのかは答えが出ておらず世界中が模索し続けている段階です。確実な答えが出てたらマーケティングなどもいらないし誰も苦労しませんよね。

やり方はわからないが、今この瞬間も世界中で新たなアイディアや切り口が爆発的な流行を生み出し続けているわけです(もしかしたらそのごく一部はパクリ的なものかもしれませんが)。その一部はちゃんとマネタイズされていきます。

これは「今この瞬間に誰も思いついていないことが世の中には無限にある」ということです。この事実を忘れてはいけない。

誰かが思いついた後は一般化する

掘り起こされていないアイディアはあるのに、一度そのアイディアが掘り起こされて浸透すると「普通」になります。

iPhoneを始めとしたAppleのプロダクトが良い例です。世に出た瞬間にデファクトスタンダードとなり、世界の景色を変えていく。

しかしそれも振り返れば「なぜもっと先に別の人が思いつかなかったのだろう」と感じられてしまうものもあるわけです。これが「答えを見た後」だから言えるただの幻想だということに気付いているかどうかも大切なこと。

新しいアイディアを持って先駆者となるのは簡単なことではない。忘れてはいけないもう一つの事実です。

流行もアイディアも生み出せる

可能性と難しさの間で傍観者にならないということ

以上の2つの事実の間で、チャレンジを求めつつ、結局チャレンジをせず、難しさだけ声高に叫ぶ立ち位置になってはいないかを意識する必要があります。特に誰かを育てるポジションにいる場合は。

ベテランのあなたが新入社員に新規事業のアイディアを求めたとしましょう。社会人になったばかりで、業界のことも学び始めたばかりの彼ら彼女らが必死になって考えて出してくるアイディアは、おそらくあなた自身もいつか考えたことのあるものです。

そこで「そんなアイディアはもう自分が考えたことあるやつだぞ!」とか「お前らが思いつくようなことは誰かがずっと前に考えていることだ!」と偉そうに言うようであれば、何も生み出さず人は育たず終わっていくでしょう。

自らが通った道だからこそ、その難しさの面を押し出してしまいがちなのが、独創性の追求に潜む罠です。教えられる立場に立ったとすれば、そのようなことを言われがちであることと、それが絶対的なことではないことを認識しておく必要もあります。

結果論でも良いから生み出せると信じ続けること

これらのポイントを踏まえ、企画やアイディアで仕事をする場合、または新しいサービスや商品を生み出そうとする場合には途中で躓いても信じてその答えを探し続けるべきです。

確度が低いと思うなら数をこなすこと。100で駄目なら1000のアイディアを出してみること。

それでもイマイチ信じられないのであれば、例えばTwitterで反応を意識しながら100ツイートしてみてください。たとえバズるまでいかなくても、何故かインプレッションやエンゲージメントが伸びているツイートが1つはあるはずです。次の100ツイートではそれが少なくとも2つ以上になる。その繰り返しです。1000ツイートになる頃には何かが見えてきます。

まとめ

結果的に「生まれていたアイディア」で良いのです。まずは数をこなして世に出して問うてみること。判断基準を1人2人にしないこと。流行りなんて余程の予算と仕組みで仕掛けるのでなければ、生まれるまではわからないものです。

企画の世界は楽しいですよ。


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