働き方

歩かぬ田舎のまちづくり

先日、岩手県庁の打ち合わせ終わりに桜山のリーベで一息。

その日は久しぶりに弟夫婦が実家に帰ってくるとのことで私も実家に顔出すことにしていたのですが、ふと「歩こう!」と思い立ちました。

実家までは3キロ程度、1時間もかからない距離なのですが、公共交通機関が整備されている都会と違って(岩手には地下鉄もありません)、自家用車での移動が前提の田舎では意外と歩くことが少ないのです。特にまちなかではなく郊外に住んでいると。

たまの出張で東京などに行くと、たとえ通勤が地下鉄で階段は殆どエスカレーターだったとしても随分と歩くものだなと感じます。むしろ私の方が運動不足で息があがる。

そんなこともあり、実家へと歩き始めました。せっかくなので普段車で通るのとは違う視点で町が見えないかなと意識しながら。

で、わかったのは以下のこと。

・そもそも歩き前提でまちを楽しむつくりにはなっていない。

・古い建物や観光ポイント的なものがあるのはあくまで市の中心部。

・建物や歴史の説明看板は一息ついてリフレッシュするのにはちょうど良い。

・子ども視点だったら地面が近いから発見が多いかも(虫とか)。

・庭が荒れた家が多いかどうかも景観に大きく関わっている。

・ちょっと立ち寄ったり腰をおろして休む場所がない。

・結局、人気(ひとけ)がない。

観光地として整備しているエリアでなければ気にかけられていないのは当然かもしれません。しかし、広い岩手県内のあちこちでよく聞かれるのは「観光客は観光施設ピンポイントで周遊していくので、商店街や周辺地域への滞在が殆ど無い」といった課題。歩いてみるとわかります。歩いてもつまらない。古民家が並んでいるわけでもなければ、歴史文化遺産があちこちにあるわけでもない。

東京ではどれだけ歩いても、様々な店や広告や人が目に入りますから飽きない。田舎も完全な農村風景・原風景の中ではそれ自体が景観となるでしょうが、そこまでの景観ではなく、とはいえ店や広告の密度もそれほど高くない。フォトジェニックな場所の提案もない。

そうなると難しいですよね。というか歩く意味合いが薄れてくる。地域で子どもたちを見守るのが当たり前の時代であれば、学校の登下校の時間は高齢者も散歩しながら声掛けしてということもあったかもしれませんが、今は子どもも少なくなって、登下校でさえ車だったりします。地域の人々にとっても外に出て歩く動機が少なくなっているのかもしれません。そうすると人気のない閑散としたエリアになっていく。地域防犯の課題にもつながっていきます。これから空き家も増えていきますし。

ちなみに実家に着いて「県庁から歩いてきた」と言ったら驚かれましたが、それでも東京出張時の歩数・距離よりも少ない数値でした。車移動に慣れているために実際よりも「歩く」ということの基準が高くなっているんですね。

解決の方向性としては、シンプルに「歩いて楽しい」をつくること。
アイディアは別の機会に。

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