働き方

東日本大震災津波から9年

ふと庭先を見たらキジバトが遊びに来ていました。「ホーホーホッホー」という鳴き声で有名なやつですね。雪もたまにちらつく程度で少しずつ暖かくなってきましたから、そろそろ庭の手入れもしたいところです。

さて、2011年3月11日の東日本大震災から9年が経ちました。昨年のこの日も記事にはまとめていたので重複することは避けようかなと思いますが、現在のことについて少しだけ記録として残しておこうと思います。

東日本大震災の瞬間
東日本大震災津波から8年2011年3月11日の東日本大震災(岩手県では「東日本大震災津波」と呼称します)から今日で8年。私自身、あの震災の瞬間に三陸沿岸を当時の...

この1年は子育て中心の生活でした。

昨年の2月に第1子が産まれまして、そこからの1年間としては子育て中心の生活を続けてきました。仕事も絞りながらある程度はこなしましたが、これまでの働き方と比較するとかなり思い切ったシフトチェンジをしたように思います。

子育て中心の生活をしようという判断については今も間違っていなかったなと確信していまして、この判断の根っこにはやはり9年前の震災の経験があります。震災によって「いかに日常の普通の生活がかけがえのないものなのか」ということを実感したわけです。

震災以降の転職・独立を含めた最初の数年間は復興支援の思いから仕事中心の生活を続けてきた面もありますが、価値観と優先順位が変わったことは確かでした。何か判断が必要になった時には家庭を最優先するということですね。

実際に子どもができてからは「まぁ仕事は最悪振り出しに戻ったとしても何とかなるだろう」という姿勢で子育て生活に大きく舵を切ったわけで、身内親戚からは「仕事しなくて大丈夫か」とはよく言われたものですが(そのための準備もしてきましたから)惑わされずに過ごしてこれたのかなと思います。

もし単純に収入・お金のことだけを考えれば、使える時間は1時間でも働き続ける方がいくらかでも稼げますよね。個人事業主ですから営業時間も土日祝日も関係ないわけで、子どもが出来る前には当然のようにそうしていたのと同様に寝るためだけに家に帰るような生活をすれば収入はそれだけ増えると。

しかしそれで得られるものと、それによって得られないものの差をちゃんと考えて自分の人生として何を最優先するのかを判断することが大切なのだと思うのです。

お金を稼ごうと思えば後になってもいくらでも手段はありますが、産まれた子どもを抱っこして成長を見続けるということは巻き戻しがきかない貴重な経験ですよね。

ある意味ではいくらお金があってもできない経験ですし、仕事通して得られるものと天秤にかけた時に個人的には子育ての方が圧倒的に重要だなと感じたわけで。

震災復興においても物理的な復旧は時間と予算さえあれば何とかなる一方で、人の命やつながりはどうにもならないということを嫌というほど認識させられたものです。

だからこそ今何を大切にするのかということについては、たとえそれが社会的にどう見られるかよりも自分自身が納得する判断をしていきたいですよね。

ちなみに子どもが1歳になったら保育園に預けて完全に仕事復帰しようと考えていたのですけれど、待機児童状態なのでもう少し子育て中心の生活を続けていくことになりそうです。

新型コロナウイルスの影響と震災後の比較。

そしてここ数ヶ月で大きく世界を揺るがしているのが「新型コロナウイルス」。東日本大震災津波以降で最も社会経済に影響を及ぼしていると言っても過言ではない状況ですよね。

経済の落ち込みが震災時と比較されるような形でニュースなどでも取り上げられることがあるのですが、ある意味では震災の時よりも深刻化する可能性があるなと感じています。

それは対象となっているエリアの問題と、感染予防策の問題です。

震災時は未曾有の大災害だったからこそ、被災地からの声としても「被災していない県については経済活動を何とかいつも通りに回して欲しい」という感覚がありましたしそのようなメッセージを送っていました。

自粛ムードは当然ながらあったものの、地元被災地の復興に駆け回る中で「こちらはこちらで頑張るから他の地域は自粛よりも経済を止めないで」という思いが強かったんですよね。

それが新型コロナウイルスの場合、影響が全国・全世界的なものであると同時に「様々な活動を自粛すること自体が感染予防・沈静化に繋がる」ということになってしまうわけです。

震災と同じ3月ということを考えても、学校の休校や卒業式の自粛、集会自体の自粛などの影響範囲を考えると新型コロナウイルスの影響の大きさは日に日に深刻になっていくと思われます。

経済活動についても「応援のために食べに行く・買いに行く・観に行く」ということができませんよね。その行動自体が感染の危険につながるわけですので。

こうなると特に地方の経営基盤の弱い中小企業や個人事業主は中々厳しいところで、この状況がどれだけ続くかにもよりますが3月末から5月末にかけて倒産・廃業するところがかなりでてくるのではないかと心配です。

しかもこれは震災から9年経っていまだ復興過程にある地域でも同じことなんですよね。観光収入に頼っている地域も少なからずありますから、たった1ヶ月だとしても交流人口がガクッと減ることで大きな影響を受けてしまいます。

例年冬の時期は雪の多い東北だと観光客もイベントも少ないものの、卒業・入学シーズンからGWにかけての売上に頼っている業種はかなり厳しいはずです。

本来なら何かしらの応援・支え合いができる状況であるはずなのに、全国的に同じレベルで経済活動が停滞するとなるとそれも叶いません。

そのような意味で震災とはまた別の怖さが疫病にはあるものなのだなということを実感しています。

個人レベルでは何とかこの状況をやり過ごすことを第一に考えなければなりませんが、俯瞰的に見れば被災地も再び大きな影響を受けているわけで、ある意味では今後の地域のあり方について色々と作戦を練っておかなければならないですよね。

ここから影響の大きさが顕在化するのは数ヶ月単位のことになるとは思いますけれど、10年に一度くらいはこのようなことが起こり得るものだという前提での地域振興についても考えていこうと思います。

まとめ

ということで新型コロナウイルスの関係で今年の3月11日は自宅で非常に静かに過ごしました。1歳の子どもに震災の映像を見せたくないなという思いもあったりして、テレビ番組もほとんど見ずにYouTubeで当たり障りのない動画を流しておく程度。

この日を日常というものに近い過ごし方ができるようになったことを幸せと捉えつつ、それをもたらしたの要因の一つは新型コロナウイルスという非日常の疫病であるわけで、色々と複雑な気持ちですね。

来年のこの日に1年を振り返る時、世界と日本の状況が明るいものになったと言えることを願いたいものです。ではまた。

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