写真

FUJIPET35を片手にAPSフィルムが見た夢を追う。

正確には「両手に」ですね。フジペット35は鏡筒脇の左右のレバーを左、右、左、右と押しながら撮っていくので。

フジペット35は1959年発売、露出計もない完全マニュアルのフィルムカメラで、当時中学生向けに発売されたカメラです。たまにこんなオールドカメラに35mmフィルム一本装填して出かけたりします。しかもあえて期限切れのやつを入れてみたりして。

かつて「写真」は儀式的な要素を内包していた

デジカメが普及し始めた頃は「カメラを撮ることは一種の儀式であるからして、何枚でも簡単に撮ったり消したりできるデジタルカメラはけしからん」みたいな論調もありました。確かにカメラや写真に向かう姿勢として、フィルムカメラだからこその時間感覚や思考工程みたいなものがあることはあります。

フィルムも、現像も、プリントも、それぞれの工程にお金がかかりますし、時間もかかります。一本のフィルムを使い切るのに半年かかったりすることもある時代の話です。ハーフカメラならもっと長いスパンです。しかも日付機能がなかったりすると、プリント後はいつ撮ったのかを家族で思い出すところから始まります。これも「写真」という儀式の一部だったのかもしれませんね。

普及しきった今でこそデジタルとフィルムの単純な二元論ではないよということがわかりますが、それでもたまにその儀式的なものを含めて楽しみたくなることもあるわけです。

デジタル時代のフィルムカメラとの距離感

フィルム全盛期と気持ち的に違うのは、デジタルの時間間隔に慣れているので「撮りたいときに撮って、使い切ったら現像しよう」とはならないこと。1日で撮りきってしまいたいんです。それでもデジカメに比べたら大した枚数ではないのですけれど。何か時間が短くなっているというか、密度が高くなっているというか、私たちの日常が確かに変わったのだなと実感します。

さらにデジカメなら同じシーンでも「何枚か撮っておくか」となりますが、フィルムカメラだと「1枚1枚別なシーンを残しておきたい」となります。カセットテープやMDに好きな音楽を編集してベスト盤を作るようなことに似ています。そういえば音楽も今や携帯に「全部入り」するわけで、プレイリスト機能はあるけれどかつての「1枚を作る」感覚はなくなりましたね。

手元のひとつのデバイスで感覚的には無制限に情報を持ち歩ける時代、かつて想像していた未来はいつのまにか手の中に収まっていたんですね。

APSフィルムという粗いがコンパクトな革命児

さて、デジタルの未来に思いを馳せながらフジペット35でワンツーワンツー(この表現自体が前世紀的ですが)とリズムを刻んでいると、ふとAPSカメラのことが思い出されます。

アドバンストフォトシステム(Advanced Photo System, APS)は20世紀末のわずかな期間に姿を現して消えていった「途中交換可能なフィルムシステム」です。昼間に10枚撮って、巻き戻して、夜は高感度フィルムに入れ替えて、みたいなことができるシステム。

SDカード等の容量がまだ小さかった頃、カードが満杯になったらそのまま抜いて保管しておいて、次のSDカードを入れるようなこともあったように思うのですが、それに近いでしょうか。

と書きながら「あれ、SDカードって爪ついてたよな?」と思って見てみたらやっぱりついてますね。上書きできなくするための爪。カセットテープ時代からの機構がまだ残っているもんですね。SDカードの爪はほとんど使ったことないな。

話がそれましたが、APSの名前はセンサーサイズに残っています。「APS-C」サイズというやつです。デジカメのAPS-Cサイズは優秀ですが、APSフィルムは写真が粗くてそれほど普及しなかった印象があります。

APSカメラの多様性はデジカメの黎明期に通ずる

その一方で、APSフィルム用のカメラは基本的にデザイン性が高かったように思います。35mmフィルムカメラよりもコンパクトに作れることもあってか形も様々で挑戦的なものが多かった印象。たとえば「シャキンッ」とカメラ自体を左右に引っ張ってスライドさせると間からレンズが出てきてスイッチが入るような。しかもチタン製(チタンも流行りだったでしょうか)。

今でもそのままデジカメにならないかなと思うようなデザイン性。ずっと変わらなかった35mmフィルムのサイズから解き放たれて時代を謳歌しているような自由さがそこにはあったのかもしれません。APSフィルムが生き残っていれば使いたい機種もありますね。このあたりが時代の変わり目の難しいところで、システムが変わってしまうと使えなくなる。惜しい。

コンパクトデジカメの黎明期にも同じようなデザインの模索がありました。従来のフィルムカメラ調から、その次代の「デジタル」のイメージを表出したもの、とにかく薄く軽くを目指したもの、家電メーカー参入によるカラー展開、そしてまた従来の形式への回顧。直近だと高級コンデジorミラーレスに原点回帰のニュアンスが見られますね。これは従来のコンデジの役割をスマートフォンが担うようになったことにより、カメラメーカーの戦略がシフトしてきているからです。

個人的には、今の技術を持ってまた自由で多様なデザインの時代が来れば良いなと感じています。音楽分野ではカセット、CD、MDプレーヤーの後、小さなMP3プレーヤーが拡大した時代もありました。システムやフォーマットがシフトして落ち着くまでの時代の一瞬、爆発的な多様性が生まれる瞬間があるんですよね。どの分野にも。不思議なもので。

まとめ:フィルムカメラ復権の時代に

そんなことを考えながら、SNSをフィールドとしてフィルムカメラが今一度注目されている時代。これも一瞬の流行りなのかもしれませんが、フジペット35で撮った写真を見て「あぁ確かにこの目はまだ生きているな」と感じます。

デジタルの時代になって一息つくと、カメラはよりスペック重視の傾向が強くなります。それは技術の進歩を楽しむということで、それまで撮れなかった世界に目が開くということでもあります。ただそれでも「写真」という儀式の前ではフィルムもデジタルも当価値なのではないだろうかと、私は思うのです。


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