私が住んでいる地域もそうなのですが、人口減少の進むエリアでは移住・定住を促進するための様々な取り組みを実施しています。
と言っても国全体としての人口が減少局面に移った今となっては「国内で横移動しても根本的な課題解決にはならない」わけですが、それでも過疎化への対応策として、やはり移住・定住は地方にとっての旗印となり続けているわけです。
地方に住む現場感覚として、ここ1-2年でフェーズが変化しているように感じているので少しまとめてみます。
目次
移住・定住施策の2つのターゲット層
数年前までは、そのターゲットは大きく2つに分かれていました。一つは「リタイアメント層」。もう一つは「若年層」です。
リタイアメント層=資本力と時間があるということ
今住んでいる土地を離れて、新たに別な場所に移ることは決して楽なことではありません。昔住んでいた土地に戻るのであれば負担は軽減されますが、新しいコミュニティや仕事などを1から再構築していかなければならないからです。もちろん、今の時代であればネットを介して距離感を縮めていくことができますが、これも慣れとスキルが要ります。
さて、基本的な課題として「来てほしいけれどそんな金無いんじゃね?」「仕事もないんじゃね?」ということが思い浮かぶわけです。仕事は都市の規模、地域特性によりますが。
そうすると「会社を退職して、金銭的余裕も時間的余裕もあるだろうリタイアメント層をターゲットにしよう」となるわけです。自然環境に恵まれた田舎で、余生を自由に生きましょうということ。福祉的なサービスの充実度をPRする場合もありますが、建前を除けば結局は「資本力」ベースのターゲティングです。
実際、第二の人生として地方で就農したり、新たな挑戦を始めている方々もいらっしゃいます。その地域にとっては新たなスキルと知見を持った人が入ることでうまくかき混ぜられる場合もあります。
子や孫の世代が遊びに来たりしながら地域の魅力を感じていくことで、彼ら彼女らがさらに次の移住希望者として掘り起こしできる場合もあるかもしれません。
若年層=人口増の可能性も期待したターゲット層
もう一方のターゲットは若年層。これはわかりやすくて「移住してきて、家族を増やして、人口増につなげたい」というのが本音でしょう。
進学・就職などで一度地元を離れ、結婚・出産・親の介護などのきっかけで帰ってくる人たちもターゲットとなります。これは厳密には意味合いが異なってくるのでアプローチ戦略をわけなければならないのですが、深く考えられずに一緒にされていることもあります。
若年層にとってはリタイアメント層よりも生活を変えるインパクトが大きいため、よく不安に挙げられる「仕事」「インフラ」「教育」「医療」「子育て」などについて、受け入れ側はできる限り整備して安心して住めますよとPRしていくこととなります。先輩移住者のインタビューを事例として紹介してみたりもします。
ここまでが「ありがち移住定住アプローチ」です。
移住・定住施策における従来ターゲティングの課題
リタイアメント層=老後は静かに暮らしたいという本音
まず、「人にもよる」という話は議論にならないので横に置いておきます。
「地方の閑静な田舎でスローライフを」との提案に心惹かれたリタイアメント層は、40年勤め上げた仕事の環境からやっと開放されて「静かに自由に暮らしたい」わけです。呼ぶ側もそのようにターゲティングして、そのようなアプローチをして、それでマッチングされているのですから当然ですよね。
するとちょっとした問題が起きることがあります。「2人目以降問題」です。
例えばとある町の一角に移住定住受け入れを進めたいエリアがあって、嬉しいことに1人目の移住者が決まったとします。(仮に60代男性として)彼は思い描いていたような第二の人生、田舎暮らしを満喫し始めます。
町としては移住の成功事例として紹介したい。更にたくさんの移住者を呼び込みたい。ここで1人目の彼の思いと齟齬が生まれることがあります。「俺は静かに暮らしたいんだがほっといてくれないのか」という思いです。「せっかく静かに暮らしているのに、いろんな人が入ってくるのは正直ちょっと」ということまで感じるかもしれません。数年して人が増えてきたら、また別の閑静な田舎を探して移住していってしまうかもしれません。
ここで言いたいのは「資本力もあって移住ハードルが低いリタイアメント層は、必ずしもコミュニティ形成重視で起業しながら賑やかな生活をしていきたいという層とは限らない」ということです。自分が移住者として「受け入れてもらう」ことと、その後、先輩移住者として「受け入れる側」になることは違うのです。ここがごっちゃになって整理できていないと頓挫します。
また、移住・定住施策の目的が地域活性化(使い古された言葉ですがイメージしやすいので使います)や短期間の人口増であればまだ良いのですが、大前提として「地方の人口が減ると税収も減り、行政サービスや地域コミュニティの持続性が失われる」ということへの解決策だとすると、「資本力があるリタイアメント層を呼び込む」と単純に考えることは少々違和感がある時代になりつつあります。
第二の人生を生きる場所の選択肢として、受け入れ自治体が環境を提供していくという意味合いについてはそれで必要です。しかし現状として従来のフェーズは既に終わりつつあるのではと。今どきバイタリティある人は自分で探し当てますからね。
若年層=仕事があるかどうかとインフラとコミュニティ
若年層はさらに簡単ではありません。一番の課題は男女問わず「仕事」です。働き方が多様化する中であまり場所を選ばない仕事の仕方が増えてはいますが、理想に時代が追いつくには少なくともあと5年は必要です。定着するには10年かかるかもしれません。
田舎だと「地元民の就職場所の上位は、役場、農協、観光産業」と言ったことも聞かれます。まずは「食べていけるのか」への回答が課題。起業、就農できる力を持っている人はそれでも良いのですが、そもそもその力を持っている人は移住しなくてもどこでも生きていけます。ターゲティングとしてはありですが、絶対数は少ないし、敢えて施策で取り組むべきかは疑問です。SNS通して一本釣りアプローチする方がコスパよくて見込みあるのではと。
ちなみに女性の場合は「産婦人科がない」という理由で移住を躊躇する例も少なくありません。この問題は「家族」として捉えれば男女問わずの大問題ではあるのですが、単身で都会から田舎に移住しようとする場合だと男性は(残念ながら)あまり意識しておらず、女性は必ず気付く・意識するということです。
さらにここでも「コミュニティ」課題が出てきます。特に若い人たちが地域に新たに入る場合、既存の住民が「受け入れられるのか」ということです。自治体からは来い来いと言われて行ってみたら、住民からは全然歓迎されていない。といったことが珍しくない。若い人は怖いとか、子どもの声がうるさいとか。これは地域コミュニティの問題です。官民の意識の乖離もあるかもしれません。
このような情報について、若年層はネットを通してほぼリアルタイムに情報を得て拡散していきますから(特にマイナス情報)、地域として戦略的に移住・定住受け入れに取り組むのであればしっかりと体制を整える必要があるわけです。もっとゆるく「来てよ」と呼びかける場合は民間コミュニティ主導のまちなか振興の取り組みの積み重ねで十分でしょうね。
国内移住は結局どこかが増えればどこかが減るだけ
ふるさと納税の納税額についてのニュースを頻繁に目にします(返礼品競争についてはここではおいておきます)。例えば東京の都市部から地方に1,000億円規模で税収が流れているといったものです。この論調に違和感ある方もいるでしょう。そもそも地方創生の流れの中で目論まれた通りの流れなんじゃないのか、とか。
で、同じことが移住・定住でも言えると思うのです。総人口というアッパーが決まっているものに対する自治体間の横スライドの話に過ぎないからです。人口の社会増減の話として、目標値を単純な増減数としている場合、どこかの自治体が増えればどこかが減ります。当然です。そこに生き方の豊かさなどの別な価値尺度が入って、全体として「かき混ぜる」ことで生活が向上しているとなれば良いのですが、自治体単位の取り組みだと比較検討・検証はされていないものです。
そして、「地方」というある意味「流行り」のコンテンツについて、特に若年層はこの矛盾と建前の裏側に気付きつつあります。これは移住コンテンツに対して集まるのが、必ずしも移住希望者ではないという現象にもつながります(見方としてそれが2次的な情報の発信者であれば結果的に本来のターゲットに届くかもしれません)。
移住希望者に生きるためのフィールドを提供するという価値
ターゲットの変化、生き方の変化、働き方の変化、総人口減少という局面、地方コンテンツの流行、様々なフェーズの移行が目に見えて来ている中で、従来の移住・定住施策はやもするとただの情報消化・予算消化に使われるだけになる懸念があります。定番化したパッケージが陳腐化していく可能性もあります。
そこで求められるものはどのようなものでしょうか。個人的には、ひとことでまとめると「フィールドの提供」というものではないかと仮定しています。もう一歩踏み込むと「シーンの提供」になるかもしれません。
移住・定住は基本的に「住居」たる「ハード」が前提となる価値です。これをもっと緩やかでしなやかな「ソフト」的価値にアップデートしていくこと。既に取り組んでいる先駆者の方々もいらっしゃるでしょう。あと5年でこの分野の基準は大きく変わると感じます。10年で「移住・定住」という言葉自体が過去のものとなる可能性もあります。私もその一躍を担うべく模索していきます。
今は時代の変わり目で、様々な施策に感じる違和感はそのせいなのかもしれませんね。
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