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反射的に撮る空や雲から自己満足的な「写真」そのものの楽しさが見えてくる。

反射的になんでもないものを撮りたくなる衝動。

ふとした瞬間にカメラ向けていることってありませんか。私の場合、空とか雲を見上げたときに結構これがあります。手元にカメラがなければ取り敢えずiPhoneでもいいから撮る。どこかに作品として出展するとか、インスタに投稿するとかいうわけではないんですよ。こういう記事のアイキャッチに使ったりすることはあるものの、どのように使いたいかという意図がはっきりしているというよりは反射的に「撮りたい!」と感じる類のものです。

このタイプの写真って、特別誰に見せるわけでもないので自分の中でたまにカメラロールをランダムに見ながら「いいねこの雲」とか自己満足してるわけです。適当に1枚選んでPhotoshopとか最近だとLuminarとかでトリミングやレタッチしてみたりして、あまり考えすぎずに感覚で「これだわ」と感じたら保存しておく。繰り返しますが誰に見せるわけでもないんです。でも満足。

自己満足的な写真だからこその楽しさってあるよね。

これまで撮ってきた写真を見直しながら、このように何かしらの生産性も(対外的には)持っていない、ある意味純粋な「写真」という行為を楽しんでいる瞬間ってあるものだなと再認識したりします。プロのカメラマンだったり、インスタに力入れていたり、またはブログ用とかである程度のインプレッションやコンバージョンを狙うものだったりすると「作品」という意識が強くなりますよね。私自身も今はこのサイトのアイキャッチ用だったり、note用だったりと多少は意識しやすい環境にもありますけれど、実は使っている元画像のほとんどはここ十数年で撮影した過去のストックからの持ち出しです。

そして意外とこの「本能的に撮りたいものを撮った写真」みたいなのが良いんですね。もし被写体が人であれば「その人に見せたい」「喜んでもらいたい」みたいな意図も入ってきてどうしても作品化していきますが、反対にそうではない空とか雲みたいなある意味「なんでもない風景」に近いものだともう少しフラットな感覚で被写体と向き合うことになるのも関係しているのかもしれません。例えるならバーバルコミュニケーションとノンバーバルコミュニケーションの違いのような。感覚的な話なので恐縮ですが。

もう少し意味付けをしていこうという試み

アイキャッチにこれらのある意味で過去からサルベージした無垢の写真を使っていくことに加えて、最近は何かもう一歩先の試みを加えていきたいなと考えています。例えばですが写真をレタッチしてイメージを強調した上で、イラスト素材のためのストックにしていくとか、別な作品のパーツとして使っていくとか。写真合成の作品を作る上ではイメージパーツは多い方が良いわけです。

今後はもう少しプロダクトよりの作品づくりもしていきたいので、趣味としての写真撮影はそれとして、結果として積み上がってきたアーカイブをまた別の視点で捉えてみようかなと。写真の面白さって「写真」という広い意味での行為の中で、事前準備〜撮影〜事後加工・整理など様々な楽しみ方が含まれていることかもしれませんね。特に事後の展開は制限がないので他の趣味との組み合わせもできますし、年取っても続けられますし、スマホでずっと身近になりましたからほんとおすすめです。

まとめ

今はSNS含めて様々な情報が入るようになってきていることから写真の敷居が高く感じる瞬間も増えてきているかもしれないので、実際はそんなことないんじゃないかなぁという思いも含めて楽しみ方を振り返ってみました。ふとした瞬間を撮って、コンビニプリントで印刷して、アルバムに貼ったり壁に貼ったりするだけでも癒されるものです。その時その時の自分と向き合えるような気もします。なんとなく「撮りたい!」と思った瞬間を大切にして、たまに見返してみることで発見できることもあるかもしれませんよ。個人的には気楽に写真楽しむ派なので、そういう層もまだまだ増えていってくれると嬉しいです。ゆるい記事ですが今回はここまで。

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